フミコ・フミオフミコ・フミオ

忘年会の二次会で「子供いないの?」と同年代の同僚から言われた。同僚は、今の時代、こうした発言が個人の自由や生き方を否定する、ハラスメントになってしまうのがわからない人ではない。お酒の力は恐ろしい。普段は礼儀正しいジェントルマンが、酒が入っただけで、無礼極まりない暴れ馬になってしまうのだから。きっつー。

僕は今年44才、結婚8年目になるオッサンだ。子供はいない。「お子さんは?」と挨拶がわりに言われることに当初は戸惑っていたけれど、何も感じないようになった。立派な「お子さんは?」不感症である。数年前なら「つくればいいのに!」「子供いいよ!」という流れになることが多かった。そのたびに僕は「嫁さんに拒否られていまーす!」「前前前世から立たないんですよ」と面白くないジョークでかわしていた。相手も苦笑いをして話を終わらせてくれるので楽だった。

その風向きが変わったのは、40才を越えたくらいの時だ。「子供いません」に対する「子供いた方がいいよ!」という、いわば「子供推し」リアクションを受けることがめっきりと減った。最近はほとんど無い。そのかわりのリアクションが謎のポジティブシンキングで苦笑してしまう。それは「子供いなくていいな!」という、僕に言わせれば投げやりなリアクションである。そういわれるたびにムカついている。ムカつくのは、子供がいない僕にマウンティングして、子供がいるご自身のくだらねえ、取るに足りない不幸を嘆いているからである。忘年会の二次会の同僚もこのリアクションであった。

子供がいない人間に対して「子供いない方がいいよ!」「子供いなくてうらやましいなあ」「今の時代はそういうのもアリ」という反応をするのは、相手の人生を尊重しているようで、その実は人を貶めている行為である。何より恐ろしいのは、相手をキズつけようと意図した発言ではなく、「素」で、相手に良かれと思って言っていることである。素は修正が効かないので厄介なのだ。こういう発言を耳にするたびに、僕は「「この程度の脳みそしかないこの御仁はこれまで学業や社会で苦労してきたのだろうなあ…」と同情の涙を流すばかりである。

ただ、なぜ、「子供いない方がいいよ!」と言ってくるのだろうか?という好奇心はわいてくる。同僚に話を聞いてみると、本人にとっては死活問題であるが、僕にいわせれば想像以上にくだらないことであった。ひとことでいえば経済的な問題である。《子育ては金がかかる→子供がいなければ金がかからない→子供いないウマー!》という猿以下レベルの単純な思考。このようなアホな考えを補強するために、僕に「子供いないの、いいなー」と言ってきたのか…と悲しくなってしまう。

子供がいないリアルを生きる僕が考える僕の人生の終は、ひたすらハードコアである。熟年離婚して天涯孤独となった誰は、気難しい性格ゆえ、周囲のコミュニティに溶け込めず、誰にも気づかれないまま死亡、床のシミとなってバイナラ。そんな終末予想図に向かって突き進んでいるのである。必要最低限に良好な関係を築いている子供さえいれば、床のシミとならずに済むのに…。その点からだけでも、普通の思考能力があれば、安直に、SNSの要領で「子供いなくていいね!」などとは言えないはずなのだ。

そもそも、子供がいると経済的に大変と言うが、本当にそうだろうか。楽、とまでは思わないが、少なくとも他人様の人生にマウンティングして嘆くほどではないだろう、というのが僕の考えである。同僚の話を聞くと、「進学や習い事で金がかかる」というが…。僕にいわせればそれらは全部想定内である。想定内ほど楽なものはない。子供が生まれてから年々成長して時折進学などのイベントが発生するのは、子供がオギャー!となった瞬間に確定していることである。想定内に起こることへの準備を怠っているのは、言ってみれば、ただの甘えだ。

同僚は、特に何も準備をしてこなかったらしい。話を聞くと、己の収入も年々増えていくという楽観的な見通しがあったらしい。「年々収入アップ」のような未確定な要素を頼りに、子供の成長という「想定内」を蔑ろにするのは、甘え以外の何ものでもないだろう。避難されてしかるべきであろう。

僕の父は僕がまだ学生だったとき、突然、亡くなった。弟もまだ中学生だった。母は専業主婦だったので、家を支える父がいなくなったのは、経済的に苦しいものだった。我が家族にとって父の死は想定外ではあったし、決して、前と同じような生活が出来たとはいえないけれど、何とか乗り切ることが出来た。僕は超一流大学を、弟もそれなりの大学を出ることが出来た。

なぜか。それは両親が、僕が生まれたとき、そして弟が生まれたとき、僕ら兄弟の成長という想定内の出来事に準備して、学資保険をはじめとした保険などで準備をしたからだ。想定内の出来事に準備できることを準備しておくことが大事なのだ。僕は先ほど父の死は想定外と述べたが、親の死も統計的には想定内なのだ。

子供が出来たら、将来、子供がいない人間に「子供いなくていいなー!子供がいると進学なんかで経済的にきっつーだよ」などとアホなマウンティングを取らないように済むよう、学資保険や教育ローンで準備をしてもらいたい。それは最低限の親の努めだと僕は思う。まあ、当該同僚が経済的に困窮しようが僕には関係ないけれども…。そんなことを師走の飲み屋で僕は考えていた。

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フミコ・フミオフミコ・フミオ

思慮と配慮のツイッター。やわらか会社員。ブログ(http://delete-all.hatenablog.com/)も書いてる。アイコンはでんでん様(http://www11.big.or.jp/~denden/ )の作品より。